Moonlight scenery

        Anyhow, it takes care.
               
*剣豪生誕日記念作品(DLF
 



 例えば、どんなに温度・湿度が制御されている最適空調管理態勢の下にあっても。汗をかいたのを放っておけば、あるいは湯上がりで暑いからと薄着のまんま、ろくに髪の水気も拭わずに放っておけば、
「…そりゃ、風邪の一つや二つも拾うわな。」
 瑞々しくも冴えた美貌で知られている金髪痩躯の若き隋臣長様が、呆れたようにそう言って、表情豊かな口元をひん曲げて見せ、
「まーったく。毎年毎年性懲りもないっ。」
 実際に辛い目に遭わなきゃ理解出来ないなんて、野生動物かあんたはと。お仕えしている相手だってのに、斟酌なしのお叱りを降らせているのは、佑筆担当の書記官のお姉様であり。
「国王様も皇太子殿下も外遊中だから、一応はお前が、今現在のこの国の最高責任者なんだぞ?」
 それとも、保護者の皆様が居ねぇからって羽目外しでもしたのかよと。情けないなぁという、やはり手痛いご叱責、直々に食らわせてくれたのが、王宮付き車輛部のエースでいたずら仲間のお兄さん。そして、
「ともかく。今日明日は安静にしてること。拾ったばかりって時にちゃんと養生しとかないと、いつまでも長引いちゃうんだからな。」
 お叱りの最後を締めたのは、どんなに権力があったとて、この状況下でこの人のお言いようにだけは逆らっちゃあいけないお医者様。がっつりと大きく鍛え上げた肩や胸板も頼もしい、チョッパー先生がそうと締めくくり。大人の皆様からのありがたいご叱責、一通りをいただいた相手はといえば。
「ふぁい。」
 何とも力ない声を返すのが精一杯という雰囲気であったりし。よほどに体調がよろしく無さそうな風情であり、だってのにこうまでの頭数によるお叱りは気の毒なくらいで。いくら“教育係”の皆様だからと言ったって、ちょっと行き過ぎじゃあないのかしら…なんて、傍からついつい同情したくなっちゃうほどだが。
“反動って奴だから仕方ねぇさ。”
 あと一人、同じ室内に居合わせていて。今のところはまだ口を開いていないその御仁が、雄々しき双腕を胸高に組んでるその懐ろの中にて、どちらの陣営へとも解釈出来そうなそんな弁明を、ついのこととて零していたり。まま、確かに…いつもだったなら首に縄でもかけてないと、あっと言う間にその行方が知れなくなるほどの元気者。お勉強を面倒がって何処へ脱走するやらなんてな警戒をされてるほどの、お元気の代名詞みたいな人物が…お顔を真っ赤にし、浮いたような表情でいたりすれば。朝も早よから 野球のグローブほどはある規格外ハンバーグと目玉焼き3つを乗っけた焼き飯、最近お気に入りのロコモコと、洗面器ほどの大きさのボウルに盛ったプリンアラモードをペロリと平らげる人外坊やが、ご飯を食べたくないなんて言ってベッドから出て来なければ。誰だって一体何事かとそりゃあ心配するだろし。現に、ここにいる皆様がどれほどの慌てぶりにて不安に駆られ、心配なさっていたことやら。
『ルフィっ、ちっと待ってろよっ!』
 そのお付き合いの長さから、わんぱく王子のやらかしそうな悪戯やその延長のフェイクの数々には精通している筈の、冷静沈着な隋臣長様でさえ、綺麗な御手にて測ってみたおでこの熱さにはぎょっと目を剥き、王宮内の医療センターまで、猛ダッシュで王子付きのご典医を呼びに行ったほどだったし、
『…あんた、しっかりしなさいよっ!』
 お姉さんぶって勉強へのお尻を叩きつつも、健康管理には自分のことなぞそっちのけで構いつけてるナミさんも、お返事の張りがないのがあまりに尋常じゃあなかったことへと、うろたえが過ぎて泣き出しそうになってたほどで。
『しっかりしろっ! ルフィっ! 大人になったらあれもしようこれもしようって、俺との約束、一杯あるじゃんかよっ、なあっ。それ、1つも果たしてないんだぞ、お前っ!』
 いまわの際みたいで縁起でもないと、サンジやナミに殴られてしまったが、それほどまでにこちらさんも狼狽し切っていたのだろうウソップがわめき散らかしてたそこへと、息せき切って到着したチョッパー先生が、
『るふぃーーーーっっ!!!』
 これまた大慌てのパニックに陥りかけつつも、大きく深呼吸して診断に当たったところが。

  『…引きかけの軽い風邪ってところだな。』

 という診断がおり。いや、風邪ったって馬鹿にしちゃあいけない、それにインフルエンザの性
たちの悪いのだって事もある。そういうのはうっかり看過すると、後になって気管支炎や肺炎へと発展しないとも限らない。そこまできっちり調べたのかと、サンジがその綺麗な青い目を凍りつかせんという勢いで尖らせもって訊いてみたところが、
『最近開発された、即効で診断出来る試薬ってのに一応かけてみたんだけど、ウィルス反応は出なかったし。それに…。』
 それこそ…現代科学を会得しているお医者様が、そんな状況証拠だけで物を言ってはいけないのかもしれないが。バルコニーへの窓の前の床に、半乾きのタオルが散乱していることとか、いつにも増して王子の髪の寝癖がひどいこととかから察するに。この病状の原因というのはもしかして、
『風呂上がりにバルコニーで遊んでいたからじゃないのかな。』
『はい?』
『ほら。窓の向こう側からの落書きが、結露で曇って見えなくなってるし。』
 ここは地中海の奥座敷。砂漠地帯を向背に控えし、通年で温暖な気候ではあるお国柄ではあれど。ぎりぎりで温帯、四季は巡っており、この時分だと朝晩は多少冷えもするから、窓に曇りの露もつこう。そのせいでのかすかな曇りが、月にかかりし群雲みたいになっていて、それもまた指で描いたに違いない、四ツ足の生き物…らしき何だかへべれけな絵を、ところどころで途切らせていたから。
『…室内から描かれたもんじゃあない、から?』
 ってことは…と皆様がようよう行き当たった真実へ。ご本人も細々としたお声で是としたもんだから。そんな究極のおバカな自業自得だって判った日にゃあ、無駄に案じたこの衝撃をどうしてくれる…とまでの不人情な感情からではなく、純粋に猛烈に心配したその大きな恐慌状態が、一気に平静へ戻ろうとしての、やっぱり大きな反動からの八つ当たり。ついつい苛烈な物言いのオンパレードになったって仕方がなかろう。
「とにかく、だ。」
 体調が悪いには違いないのだし、それへと不機嫌にも怒ってばかりいるのはさすがに大人げないと。やっとのことで我に返れたか。しつけの行き届いた白い手が、すっと再びおでこへ触れて。叱られたばかりだからこその反応で“叩かれる?”と反射的に首をすくめて見せた王子様へ、
「…まさか病人を叩きゃあしねぇさ。」
 怯えられたことこそが胸へチクリと来たものか。サンジの側までが、少々怯んでその手を引きかけたほど。日頃は胸張って堂々と悪戯して回るよな王子様なだけに、こりゃあ反省はもうもう十分しているだろと、
『やっぱりサンジくんは甘いんだから。』
 ナミさんから冷やかされること請け合いの、そんな判断を持って来たお兄様。小さな王子のさして重くはなかろう小さな肢体が、それでもふんわりと深く沈んでいるほどに、いかにもやわらかな寝具に抵抗なく埋もれているご様子へ、
「………。」
 何とも感慨深そうな視線を投げて、それから。
「チョッパーの診立てを守って。今日と明日は大人しく寝てな。」
「…うん。」
 喉へと引っ掛かっているらしい、掠れたお声も痛々しいし。

  “こんだけ明るくなってるってのに。”

 しかも、すっかりとお寝間着から着替えて、さあ今日も一日頑張るぞ態勢の皆々様に囲まれていて。そんな状況にあって、だったら俺も起きると無茶を言わないなんてね。少しくらいの熱やら歯痛、引っ掻き傷程度の負傷疲弊なら、周囲の方こそが案じる事態になるのが順番だってのに。寝てななんて言い付けへ、唯々諾々、従うなんて、ふにゃいと蕩けそうな茹だった顔でいるなんてなと。現状もそれなりに、かんばしくはないのだとの認識を新たにした隋臣長。皆が見守る輪から外れて、護衛官の態度にしてはちょいと規格外なそれながら、腕を組んで壁に凭れている男の方へと肩越しに視線を投げやると、
「………。」
 わざわざ確かめんじゃねぇとでも言いたそうな、不遜な一瞥が返って来たので…ムッと来つつも安心し、
「さ、ナミさんも長っ鼻も、そうと判りゃあ長居は無用だ。今日んところは安静が大事なんですし。」
 自分の左右にいたお仲間たちの、それぞれの背中を軽く叩いて促して、
「チョッパー、養生への特別な注意はねぇんだな?」
「うん。温かくして大人しく寝てること。食欲がないようなら、糖分や塩分も入ってるスポーツドリンクを飲ませて。汗が出てくるようだったら、室温を上げてからパジャマを着替えさせること。」
 熱が上がるようなら、熱さましをおいてくから。そうだな、ヨーグルトか何か、ちょっとでも食べさせてから、それを飲ませてやってねと。こちらさんも何にか気づいたらしいお医者様、傍目には部外者か傍観者みたいなスタンスを取って壁際に立ってた、緑頭の護衛官さんへと言い置いて、
「容体が変わったらいつでも電話して来てね。」
 にっこり笑うと、まだ少しほど納得が出遅れてる佑筆さんとウソップとを、強引にぐいぐいとお部屋から押し出しつつ、彼もまた撤退してしまい、

  「………。」

 さすがは王族の一員たる王子様の生活の場だけあって…ということか。たった一人の男の子の寝室にしては、ずんと広くて拵えも上等な居室。緞子のカーテンに猫脚の調度、アラベスク模様の段通が敷かれたお部屋には、いかにも午前中という弾みのある陽射しがあふれ。なのに、ここが寝室なのではこの時間帯に機能させる物はないからという、停滞の沈黙とが入り混じっての、微妙な静けさが戻って来て。
「〜〜〜。」
「んん?」
 布団の中からの呼ばれたような声音を聞いて、やっとこ壁から身を起こすと、ベッドの傍まで寄ってやる。羽根の詰まった枕に埋もれかかってるお顔は、微熱に浮いての桜色。大きな瞳にも張りがなく、潤みばかりが強まっており。ああこれでは いつものようにあの連中を誤魔化しようもなかったはずだと、大きな手のひら、おでこへと伏せてやる。

  「どうした? 何処か苦しいか?」
  「ん〜ん。」

 ふりふりとかぶりを振って、それから…それから。

  「ぞろに伝染っちゃわないか?」
  「お………。」

 何だ、そんなことかと笑い飛ばしかけて、だが。まじっと見上げてくる眼差しの真摯さへ、口元だけの苦笑に留める。他の面々がいた時には思いも拠らなかったか、口にしなかったその言いようは、聞いてやらねばそれだけ彼の気病みになるとも思われて。
「俺はそんなやわじゃねぇよ。」
「けど…。」
 何か言いかかるのを制止するよに、おでこへとかかっていた前髪を後ろへ後ろへ掻き上げてやりながら、
「案じるくらいなら、軽いうちに治しちまいな。そんなことを言い出すのは、誰も寄れないほど重くしちまってからの話だよ。」
 そういうのを思い上がりってんだ、なんて。乱暴な言いようをしながら、だけれど、あのね? 大きな手のひらは、さらりと乾いてて暖かくて、とても気持ちがよかったから。いつもは剣や特殊警棒を構えたり、狼藉者を掴み上げて投げ飛ばす、力持ちなところばかりが頼もしい同じ手が。こんな風に、人を励ますようにいたわるのも得意だってこと。今のところは自分しか知らないのが嬉しいなって、そんなことを思ったルフィだったから。

  「…うん。早く治すな?」

 ちょっとだるいの、何とか振り払い、頑張ってにっぱしと笑って。不器用な心配しか出来ない、そんなとこも大好きなお兄さんのこと、安心させてあげたのでした。







            ◇



「何よ、サンジくんたら。」
 ちょいと強引に押し出されたのが、何だか“察しが悪いですよ”と扱われたみたいで、それでのご立腹に声が尖っているナミさんへ、
「まあまあ。あんなルフィだってのは、結構重症だってことには違いないんですし。」
 自分たちからの“養生してなさい”という叱責を無視して遊んでるうちに、気がつけば治せてた今までとは全く感触が違うくらい、気怠るそうにしていたルフィだったのは事実なんですしと。正論を持ってきて宥めに回る隋臣長様だったりし。

  “だって、あれ以上問い詰めるのは何だか可哀想でもありましたしね。”

 ルフィの愚行がばれちゃった証し、この冬初めての結露が宿った、バルコニーへの窓に描かれていた落書きは。ルフィが可愛がっているわんこのメリーみたいな、四ツ足の生き物に見えたが…さにあらん。前足の1つに長いものが付け足され、握ってるようなカッコにされてあったところから察するに。どこぞの脳みそまで筋肉な馬鹿ヤロの、似顔絵を練習していたに違いなく。
“バースデイケーキの上へ描くんだって、いつでもどこででも練習してたしなぁ。”
 それをふっと思い出し、ああ成程ねと真相の全部へ一番乗りで到達したのと同時、あの顔触れの中でそこまで暴露されては気の毒かなと、思ってしまったお兄様。いっそ気まずくなってしまえなんて、そんなまで底意地の悪い、怖いことを思うには…王子様への愛しさが当たり前になり過ぎている。そんな身へこそ、苦笑を浮かべてみたりしながら、
「さ、我々も気を引き締めておかないと、王宮内に居残ってる国王付き皇太子付きの秘書官さんたちが、今朝の此処のドタバタをそれぞれの御主へと伝えかねません。」
「あ、そうだったわね。」
 この小さな王国をしっかと支えて安定した治政を続けている、そりゃあ頼もしき首脳でありながら、同時に子煩悩と弟バカの究極の等身大見本でもあらせられる、困ったお人が二人ほど。しかも、ただ今現在、ちょいと見りゃ大事ではないと判るその“見る”が出来ない遠方においで。
「あれだけ頼もしいことへの均衡が、ルフィへのああまでの傾倒で、バランス取れてるってことなのかしらね。」
 どんな列強国のゴリ押しにも、はたまた独裁政権が牛耳る過激な武装政権の手飼い、テロ組織からの脅迫にも屈せず怯まず。逆に、そんな連中を手玉に取るほどもの采配・手回しをほんの瞬きひとつで整えられる恐ろしい父子でありながら、第二王子のむずがりや危難へは、それこそ国家間討議の場からだって引っ返して来かねないほどの入れ込みようを見せるお二人だから。自分たちの不満をいつまでもぐだぐだ言ってる場合じゃあないと、そこは切り替えも早いナミさんが、

  「果報者の剣士とそれからサンジくんへも、これは貸しにしとくから。」

 小粋なウインク、ぱちりと寄越して。じゃあねと秘書官室へと戻ってく、チャコール系でまとめたツーピース・スーツをまといし、すらりとした背中を見送りながら、
「おやおや、バレておりましたか。」
 女性の勘ってのは、ホント、馬鹿にしたもんじゃあありませんねと。今度こその苦笑をし、こちらさんもまたPC常備のデスクへと戻る隋臣長さんだったりし。あと少しと日が迫ってる誰かさんのお誕生日までには、王子のお風邪も治るといいですねと。つやつやしたオリーブの葉が、ざわざわと潮風に躍ってる、そんなとある王宮の朝ぼらけの一時でございました。



  こんなお話しに付け足すのもどうかですが、

     
HAPPY BIRTHDAY!  TO ZORO!



  〜Fine〜  06.11.09.

  *こんな頃合いに妙なもんへハマった奴です、すいません。
   剣士とだけ変換するのはちょっと無理があるかもの、
   お侍様へと夢中になっておりまして、
   あああ、お話書くのが追っつかないよう。
(とほほん)

  *それにつけても、急にお寒くなりましたね。
   今朝起きたら鼻がぐずぐず言っておりましたんで、
   慌ててトレーナーを引っ張り出して、
   長袖シャツとかぶりタイプのエプロンの間、重ね着を致しましたです。
   皆さんもどうか、お体へのお手当ては早いめに。

ご感想は こちらへvv**

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